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東京地方裁判所 昭和42年(ワ)1025号 判決 1968年2月20日

主文

原告五名の破産者合資会社江戸川製作所に対する別紙債権目録記載の債権につき、原告磯ケ谷、同中里、同近藤及び同磯部は夫々金九万九〇〇〇円の限度で、原告浦部は金四万三〇〇〇円の限度で一般の先取特権を有することを確定する。

原告らのその余の請求を棄却する。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

第一、原告ら訴訟代理人は『原告五名の破産者合資会社江戸川製作所に対する別紙債権目録記載の債権につき、原告五名が一般の先取特権を有することを確定する。訴訟費用は被告の負担とする。』との判決を求め、その請求原因として次の通り主張した。

(一)、原告五名はいずれも合資会社江戸川製作所の従業員であつて、夫々別紙勤続年数一覧表記載の入社年月日に入社し同表記載の退職年月日に退職したものである。

(二)、右会社は昭和三九年六月三日東京地方裁判所において破産宣告をうけ、被告がその破産管財人に就任した。

(三)、原告五名は右破産事件において破産債権として別紙債権目録記載の金額以上の退職金債権を優先権のあるものとして届出たところ、被告は昭和三九年一二月一四日の債権調査期日において原告五名の退職金債権を別紙債権目録記載の債権額の限度で認めたが、その優先権については異議を述べ、その旨債権表に記載された。

(四)、然し債権表の記載は確定判決と同一の効力を有するものであるから、被告は原告らが別紙債権目録記載の限度で退職金債権を有することを争えないところ、退職金は当然民法所定の雇人の給料に準ずべきものであるから、民法第三〇六条第二号により一般の先取特権により担保されるものである。

(五)、仮に右主張が失当であるとしても、原告らは次の理由により別紙債権目録記載の限度の退職金債権につき一般の先取特権を有する。

すなわち破産会社においては昭和三〇年頃より退職する者に対して例外なく勤続年数一年につき一万円の割合による退職金を支払つて来たが、特に昭和三七年六月二五日には、工場に勤続年数ごとの退職金額を記載した掲示をなし職長会等を通じて、会社は今後従業員が退職する場合には右金額による退職金を支払う旨を全従業員に周知せしめた。その内容は別表(一)退職金一覧表記載の通りである。そして〓後会社の支払停止まで約二〇名の退職者をみたが、これら退職者は会社に退職金を請求し、会社は経理係職員をして右内容により退職金額を計算せしめ、例外なくこれを支払つて来たのである。かくて退職金の支払いの慣行が確立し、この慣行によるべき旨の意識が会社・従業員双方によつて規範化したのである。かゝる場合退職金の支払は労働契約の内容となつていたものと謂わねばならない。そして労働契約の内容となつた退職金は、単なる恩恵的退職慰労金の性質のものでなく、請求権として確立されたものであり、それ故に被告も原告らの債権届出に対して債権として承認せざるを得なかつた。そして請求権として確立された退職金債権が給与の一部後払的性質のものであることは、労働法の通説である。

従つて民法第三〇六条第二号の解釈に当つても右の性質を有する退職金は『雇人の給料』に包合されると解すべきであるから同条によつて、一般の先取特権を有するものである。

第二、被告は『原告らの請求をいずれも棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。』との判決を求め、答弁として、

(1)、原告ら主張の請求原因(一)のうち原告磯ケ谷、同中里及び同磯部の入社年月日を争い、その他の事実を認める。(二)の事実及び(三)の事実中原告ら主張の通り優先権ある債権として退職金債権の届出のあつたことは、これを認めるが、その他の事実を争う。同(四)及び(五)の主張を争う。

(2)、合資会社江戸川製作所には退職金につき何らの取決めがなく、従つて従業員は退職しても労働基準法に所謂退職金請求権を有しなかつた。但し過去において退職者に対し会社側において一方的且恩恵的にある一定基準による金員を支給していた事例があるに徴し、被告においても従業員の立場を考慮して、法理にのみ拘泥せず、退職金名義の債権届出をした退職者に対して右標準に従い、便宜一般債権として承認する方針の下に債権調査を終え昭和三九年一二月一四日の債権調査期日においてその旨債権者集会に報告して承認されたものが、原告ら主張の別紙債権目録記載の金額である。されば右債権については優先権はない。

と述べた。

立証(省略)

理由

(一)、合資会社江戸川製作所が昭和三九年六月三日東京地方裁判所において破産宣告をうけ、被告がその破産管財人に就任したこと、原告五名がもと右会社の従業員であつたが、別紙勤続年数一覧表記載の年月日に退職したこと、原告近藤の入社年月日は昭和二五年一二月二六日で、同人の勤続年数が一三年であること及び原告浦部の入社年月日が昭和三二年四月二六日でその勤続年数が六年六ケ月であることは、いずれも当事者間に争いがない。

被告は原告磯ケ谷、同中里及び同磯部の入社年月日を争うけれども、いずれも成立に争いのない甲第二号証の一、二、四、甲第四号証によれば、右原告三名の破産債権届出でに対し、被告はいずれも勤続年数一三年以上として金一四万九〇〇〇円の退職金債権を認めているから、みぎ原告三名の正確な入社年月日はともかくとし、その勤続年数はいずれも一三年を下らないものと推認される。

(二)、原告五名が合資会社江戸川製作所の破産事件において、破産債権として別紙債権目録記載の金額以上の退職金債権を優先権あるものとして届出たことは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第二号証の一ないし五によれば、昭和三九年一二月一四日の債権調査期日において被告は原告五名の退職金債権を別紙債権目録記載の限度で認めたが、その優先権については異議を述べ、その旨債権表に記載されたことが明らかである。

(三)、原告らは先づ『退職金なるものは当然給料に準ずる性格をもつものであるから、民法第三〇六条が適用される』と主張するけれども、退職金の語義については法律上未だ一定しておらず退職金と呼ばれるものには、制度として退職金を支給する定めのある場合と、そうでなくて使用者が一方的且恩恵的に任意の金額を給する場合とがあり、法律上前者は給料の後払いの性格を有するに対し、後者は贈与と解されるので、本件の場合でも被告が原告らに退職金債権のあることを認め、債権表にその旨を記載したというだけでは、その何れとも断定できないので、その一事を以て本件退職金債権は雇人の給料に準ずるという原告の主張は採用できない。

(四)、次にいずれも成立に争いのない甲第五、第六号証及びこれにより真正に成立したものと認められる甲第三号証によれば破産会社は従来勤続一年以上の退職者に対し退職金を支給していたが、その基準が明確でなかつたところ、昭和三七年二月頃当時の社長加藤博延は職長会議の席上で別表(二)の通り退職金支給基準を発表し、これを書面(甲第三号証)にして従業員食堂の掲示板に貼つて公示したこと、その後破産会社が事実上倒産するまでに二〇名近い退職者をみたが、いずれも円滑に而も事務的に右の退職金支給基準に則つて退職金の支払を受けたことが認められ、右認定に反する証拠はない。してみれば破産会社においては昭和三七年二月以降別表(二)の基準に則つて退職金を支給する定めができ、会社及び従業員の間でそれが給与制度の一環として理解されていたことが認められるので、これに則つた退職金は給与の後払の性格を持つものということができる。

原告らはそのほか勤続一〇年以上の者に対し別表(一)の通り退職金を支給する制度となつていた旨主張するけれども、その支給基準が公示された事実やこれによつて退職金が支給された事例を認むべき証拠がなく、別表(一)に類似の甲第四号証は成立に争いのない乙第一号証によれば、破産会社の代表者加藤博延が倒産後従業員に対し右の基準で退職金を支給しようと思いたつて立案した基準であることが窺われるので、給与制度としての退職金支給基準は別表(二)によるべきである。而してこれによれば、原告磯ケ谷、同中里、同近藤及び同磯部の退職金はいずれも金九万九〇〇〇円、原告浦部の退職金は金四万三〇〇〇円である。被告が右金額以上に退職金を認めたのは、前社長加藤博延のたてた右基準によつたものと察せられるが、前述の理由によりこれは恩恵、従つて贈与と解すべきものであるから、この点に関する原告らの主張は採用できない。

ところで雇用関係にある合資会社の従業員の給料は、民法第三〇六条第三〇八条所定の雇人の給料に該当するものと解すべきところ、民法第三〇八条の『雇人の受くべき最後の六ケ月間の給料』とは給料債権中先取特権実行時より逆算して六ケ月間の給料相当額と解されるから、給与としての退職金、債権及び予告手当を最終時の給料債権としてこれに含ましめて被担保債権額を決定すべきである。而して一ケ月間の給料は、原告磯ケ谷金二万六〇七〇円、原告中里金三万六六六円、原告近藤金三万八八四円、原告磯部金三万七三〇四円及び原告浦部金二万二三〇〇円であることは当事者間に争いがなく、いずれも成立に争いのない甲第二号証の一ないし五によれば原告らは一ケ月分の予告手当についても一般の先取特権を有していることが明らかであるから、これを差引き五ケ月分の給料相当額の限度で本件退職金債権につき一般の先取特権を有するものといわねばならない。そして原告五名の前述の退職金が右の限度内であることは算数上明らかであるから、原告らの請求は右退職金の限度でこれを認容し、その余は失当としてこれを棄却すべきである。

(五)、よつて民事訴訟法第八九条第九二条但書に則り主文の通り判決した。

債権目録

氏名            債権額(円)        債権の種類

磯ケ谷源         一四九、〇〇〇        退職金

中里正彦         一四九、〇〇〇        〃

近藤信行         一四九、〇〇〇        〃

磯部豊          一四九、〇〇〇        〃

浦部岩司          四三、〇〇〇        〃

別表(一)

退職金一覧表

勤続年数                 退職金額

満  三年                一〇、〇〇〇円

〃  四年                二〇、〇〇〇円

〃  五年                三一、〇〇〇円

〃  六年                四三、〇〇〇円

〃  七年                五六、〇〇〇円

〃  八年                六九、〇〇〇円

〃  九年                八四、〇〇〇円

〃 一〇年               一〇〇、〇〇〇円

〃 一一年               一一四、〇〇〇円

〃 一二年               一三一、〇〇〇円

〃 一三年               一四九、〇〇〇円

〃 一四年               一六九、〇〇〇円

別表(二)

退職手当金

三年以上勤続者              一〇、〇〇〇円

四年以上 〃               二〇、〇〇〇円

五年以上 〃               三一、〇〇〇円

六年以上 〃               四三、〇〇〇円

七年以上 〃               五六、〇〇〇円

八年以上 〃               六九、〇〇〇円

九年以上 〃               八四、〇〇〇円

一〇年以上〃               九九、〇〇〇円

勤続年数一覧表

氏名         入社年月日         退社年月日       勤続年数

磯ケ谷源      二五、一一、 一      三九、 一、一〇      一三年

中里正彦      二五、 六、 一      三八、一二、二五      一三年五月

近藤信行      二五、一二、二六      三九、 一、一〇      一三年

磯部豊       二五、 六、 一      三九、 一、二五      一三年六月

浦部岩司      三二、 四、二六      三八、一一、一七       六年六月

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